2008年05月15日
風の歌

またもや、昔話ですが、30年ほど前に読んだ本の話です。(古!)
記憶が曖昧で、正確かどうかわかりませんが。
『ある文化人類学者が、アマゾンの奥地の原始的な生活をしている部族の村で、
研究のため滞在していました。
ある日、村人たちと川で水浴びをしていたときのことです。
急に村人たちがそわそわし始めたのです。
中には、村まで慌てて駆け出すものもいます。
学者には何が起こったのかわかりません。
すると10分ほどした後に、学者にもやっと飛行機の音が聞こえてきたのです。
アマゾンの奥地にも物々交換のため時折水上飛行機で商人がやってくるのでした。
それで村人たちは交換のための品物を村まで急いで取りに帰ったのです。』
前置きが長くなりましたが、何を言わんとしているかというと、
「文明人」と呼ばれる私たちに比べ、「未開人」と呼ばれる人たちの、
聴力や視力にはすばらしいものがあるということです。
マサイの人々の視力のよさは有名ですよね。
言い方を変えると、私たちはそういう能力を失くしてきたということです。
しかし、視力にはメガネもあるし、望遠鏡もあります。
聴力にも無線機や携帯電話だってあります。
視力聴力が彼らより悪くても、それ程問題ではないでしょう。
問題があるとすれば、視力聴力のように数値で測れる能力ではないもの、
もっと大事な能力まで失くしているかもしれないということです。
アメリカのネイティブインディアンたちは、自然の草木と会話し、
風の歌を聴くことが出来たと聞いたことがあります。
私たちがそんな能力を失くし、それに気がつかないのだとすれば、
あまりにも悲しいですよね。
木と会話し、森から話を聴き、水たちのおしゃべりが聞けたら、、、
私たちはもっと賢くなれたのかもしれませんね。


